僕がレディオヘッドが表現する「厭世観」を全肯定する理由。
唐突だけれど、世の中っていうのは矛盾に満ちている。
何から話そうか迷うくらい、間違ったことだらけである。
世界をコントロールしているのは先進国のてっぺんにいるお偉いさんたち。我々は、彼らの決定の元、都合の悪い情報を抜き取られた「害のない情報」を共有し、生活している。
経済のグローバル化も、その「お偉いさんが決めた事」の一つだ。
ユニクロ、H&M、ZARA、GAPなどのファストファッション企業は、低価格の洋服をアフリカや東南アジアの縫製工場で生産している。低価格の衣料品を展開するために、経済格差のあるアフリカや東南アジアなどに工場を構え、月収4000円程度で従業員を働かせている。労働環境は劣悪を極め、バングラデシュの縫製工場では縫製工場の入ったビルが崩壊し、多数の従業員が生き埋めとなった。
こういったことは、何もファストファッションに限ったことではない。
みんな大好き「iphone」でおなじみの「アップル」。
筆者も使用している「iphone」。ポケットにコンピュータが入るなんて「未来」って感じだね。
でも、多くの人々は自分が持っている「iphone」が、アジアの子供たちの手で作られていることを知らない。「睡眠時間4時間」という劣悪な労働環境の中、自殺者は後を絶たない。
それでも山のように発注はやってくる。コンベアーを止めるわけにはいかない。
もはや製造機械の一部と化した労働者たちは昼夜を問わず働かされ、思考停止した先には「死」という名の救いに手を伸ばし始める。
そんなことはお構いなし。先進国に住む我々は「新製品はまだかな?」と首を長くして待ちわびている。
まだ出す? これ系の話題尽きないよ?
ここで一つ、誤解しないでほしいのは、僕はそれらのものに対して批判的になっているわけではない。僕もファストファッションは利用する。理由は簡単、安いから。フェアトレードで服を作っている会社も知っている。でも、高くて買う気になれない。もうTシャツ一枚に5000円も出せないよ、ユニクロで安く売ってるんだもの。
「iphone」だって引き続き利用するだろう。使いやすいし写真も綺麗だ。
原発も、無い方が良いのは自明の理だ。チェルノブイリ、スリーマイル、東海村、福島、人間が放射能汚染で死んでいくのは恐ろしい。汚染された細胞が破壊され、時間をかけて朽ち果てていく。「殺してくれ」と呻くように声を漏らす。人間の尊厳も何もあったものではない。
でも、僕だって電気を使っている。この文章も、家のリビングで「DELL」のラップトップPCを使って書いている。どこぞの原発で作られた電気を使っている。
ビニール袋を使うのはやめよう、プラスティックも環境汚染の原因だ。わかってるよ。でも、今日もビニール袋貰っちゃったよ。
戦争しないと儲からない、経済が回せない。
何もかも間違っている。それは知っている。世界は間違いだらけだ。
でも、もうそこから抜け出せない自分のことも分かっている。
僕らは何も変えられない。個人ではどうすることもできない問題が、あまりにも多すぎる。
そして、そんな「どうしようもなさ」こそが、レディオヘッドが表現する「厭世観」そのものなのだ。
例えば、上に挙げた先進国を取り巻く状況に対して「クソッタレ!」「くたばれ!」と叫ぶことも表現の一つの在り方である。芸術の役割の大きな要素の一つだ。しかし、どんなにこの状況を否定したところで、自分たちはこの矛盾に満ちた世界で生きているし、そこから抜け出すことは難しい。無人島でたった一人で住むよりほかはない。
間違いや矛盾だらけの社会で平静を保ちながら生きていくことの難しさたるや。
そんな社会で生きる人々の苦悩を、レディオヘッドは代弁してくれた。1990年代から現在に至るまで、日常の苦悩やら恋愛について歌った楽曲はそれこそ腐るほどこの世に存在し、その多くは忘れ去られていった。セールスだけを重視した音楽業界において、それを真っ向から否定し、世界の矛盾やこの世の不条理について歌ったアーティストは、レディオヘッドだけだったのだ。
初期の名曲「High & Dry」。
「週休二日ありゃ満足だろ?」
「自分を殺して生きていくことをやめられないんだろ?」
「お前ができることなんて、それが関の山だ」
「おいていかないで、おいていかないで!」
歌詞の一つ一つが胸にグサリと突き刺さる。
混沌とともに幕を開けた2000年にリリースされた「KID A」。今ではロック史に名を残す名盤となったが、リリース当時は物議をかもしたものだった。
白状すると、僕は夏の図書館でこの曲を聴いて、それまで滝のようにかいていた汗が一気に引いたのを覚えている。とにかく衝撃的だった。それからは耳に穴が開くほど聴いていた。
クローン羊「ドリー」が誕生したことにより、人類が生命を作り出す「神の領域」に手を伸ばし始めた世紀末。「KID A」というのは「もうすでに生まれているはずのクローン人間第一号」のことだ。
それを踏まえて聴いてみると、この曲の構造がよくわかる。不旋律的にならされる鐘の音は、まだ彼が音楽の構造を理論的に理解していないからかもしれない。
歌詞を読んで、表現しがたい感動を覚えた。何故か涙さえ浮かべてしまった。
「僕は指揮者を得て、君は腹話術士を得た」
「僕のベッドの端に影に隠れて立っている」
「実験ネズミと子供たちが僕の後についてくる」
「みんな、おいで」
自我をもった「少年A」は、ネズミと子供たちを引き連れて研究所を抜け出す。
そのあとに彼らが見た世界は、僕らのよく知っている矛盾に満ちた世界。
アルバム「KID A」の最終曲は、そんなこの世界に別れを告げる歌だ。
「多分、お前は狂っているよ」
そうつぶやくのは、世界の不条理を嫌というほど目の当たりにしたクローン人間「少年A」かもしれない。
現時点での最新アルバムからの一曲。
この曲でのトムは死者なのだろうか。人々にトムの姿は見えていないし、魂がめぐるように様々な場所に姿を現す。冒頭に映し出される背景にいる人々も、やはり死んだ魂なのだろうか。一本の映画を見ているようなMVだ。
Thom Yorke: Anima, 2019, Paul Thomas Anderson - Damien Jalet
トム・ヨークのソロ作から一曲。
個人的に大好きなMV。ソロアルバム「アニマ」のテーマは夢の持つ「潜在的無意識」について。
鞄を落とした女性を追う、夢遊病のトム。女性が置いていった鞄の意味とは。そして、それを追う夢主であるトムが求めているものとは。
繰り返し前述したが、こんなに世界について考えさせてくれるロックバンドは、彼ら以外にいないのである。現代を生き、大きな視点を持って生きているからこそ見えてしまう様々な矛盾に対して、「納得いっていないのは君だけじゃない」と思わせてくれるのは、このバンド以外にいない。
これからも、僕は彼らの音楽を聴き続けるだろう。世界が矛盾を有している限り。
聴かなくなる時があったとすると、それはきっと「この世界」を諦めたときだろう。