初代「ウルトラマン」お勧めエピソードの話をしてみる。追悼、二瓶正也さん。
言わずと知れた、初代「ウルトラマン」にてイデ隊員を演じられた名俳優だ。
イデ隊員は、コミカルな性格、劇中では所謂三枚目キャラで、彼の存在が物語全体を明るいものにしていた。狂言回しのようなセリフ口調も、芝居がかっており「粋」であった。「昔ながらの名役者」というのが、私の持つ二瓶さんの印象だ。
イデ隊員こと二瓶さんが天に召されたという事実に、年齢を考えれば理解はできるのだけれど、ちょうど私自身が初代「ウルトラマン」を全話観終わって間もないタイミングでのご逝去だったため、ちょっと気持ちの整理が追い付かない。
今回は、そんなイデ隊員への、二瓶さんへの追悼の意味も込めて、初代ウルトラマンについて書こうと思う。
初代「ウルトラマン」は1966年放送開始。以前このブログにも記事にした「ウルトラセブン」の一年前に制作された。
一年後に制作された「セブン」が「悪意を持って侵略してくる宇宙人を迎え撃つ」というハードな設定が通奏的にあったのに対して、「ウルトラマン」は物語そのものが軽快であり、観てて楽しいものが多いのが大きな特徴である。
日本が高度経済成長を迎えていた60年代。
「科学万能主義」が浸透したその時代、初代「ウルトラマン」は当時の子供たちにとっては夢の宝箱のような物語の連続だっただろう。
さて、そんな初代「ウルトラマン」のお勧めエピソードを、今回も紹介していきたいと思う。
第2話「侵略者を撃て」
ウルトラマンの全てのシリーズを代表する侵略宇宙人「バルタン星人」。ウルトラマンを知らない人でも、バルタンくらいは見たことあるよね?
昆虫のセミをモチーフにした造形が見事である。
このエピソードもイデ隊員のコミカルな演技が光る。
カメラ目線でテレビの前の視聴者に対して話かけるという「メタ手法」を使い、物語はイデ隊員の独白形式を取られて展開される。
色々と突っ込みどころはある。
まず、物語中盤で出現した巨大バルタンに対して、軍隊が核ミサイル「ハゲタカ」を街中でぶっ放すというヤバいすぎることを普通にやる。そして、それを食らうも分身(脱皮?)して立ち上がるバルタン。
まあこの演出のおかげで「核ミサイルが効かない、人類では対処できない敵」ということで「ウルトラマン登場」という流れになるのだけれど。
筆者が地味に気になったのが、ハゲタカが発射されるときの「ハゲタカ発射!」の号令が妙にリアルに聞こえる点。当時は先の大戦のせいで軍隊経験のある役者も多かったし、こういう号令一つとっても時代性が見えるような気がする。
バルタンとウルトラマンの深夜の空中戦もクールだ。ウルトラマンの夜の闇に光る白い目も神々しい。座った姿勢から放たれるスペシウム光線も痺れるほどカッコいい。
そして、故郷を失い難民となって眠っている数十億の小型バルタン達が乗る円盤を破壊するウルトラマン…。これ、虐殺やん…。
まあでも、ウルトラマンの世界観を理解する上では一番お勧めできるのが本作です。
色々あるが、まあ置いといて(笑)。
第17話「無限へのパスポート」
これはもう、製作者側も編集するの楽しかったんじゃないかな?
突如現れた4次元怪獣「ブルトン」の攻撃?というか嫌がらせ?に翻弄される科学特捜隊の面々を喜劇タッチで描く。
最後のウルトラマンとの闘いも、従来の「怪獣プロレス」的な物理攻撃はほとんど展開されない異色作。
外国人科学者の名前が「イエスタデイさん」というのも笑える。あり得ないネーミング(笑)。
でも、英語圏の人の名前がどんなものかって、当時の人にはわからないから仕方ないよね。
第22話「地上破壊工作」
著者がもっともお勧めするエピソードがこれ!
フランスの映画監督ゴダールの白黒SF映画「アルファビル」の影響をモロに受けて制作された本作。
上の画像は地底人の住む世界を表現している。
映像に白黒のフィルターを掛けて地下世界を表現するというのは、アイディアとしては単純なはずなのに、構図や、サングラスをかけた人物たちのスタイリッシュさも手伝って、非常にクールに見える。今見てもカッコいい。かっこよすぎる!
ちなみにこの画像のロケ地は世田谷の体育館なのだとか。やっぱり予算がないときはアイディアで勝負だね。
後半の怪獣テレスドンとの闘いは、ひたすらウルトラマンがテレスドンを投げまくって絶命させるという荒業を展開する。劇中一番の見せ場であるはずの必殺技スペシウム光線を撃つ描写がない。
実相寺監督はきっと、格闘シーンにはあまり興味がないのかも。ドラマパートは力を入れるけれど。
第23話「故郷は地球」
初代「ウルトラマン」を名作たるものにしたのが本作であることは間違いない。
当時の子供たちに圧倒的なトラウマを植え付けた「ジャミラ」回である。
放送当時は冷戦真っただ中で、米ソの宇宙開発競争は激化の一途を辿っていた。
その熾烈な開発競争の過程で犠牲になるパイロットも続出していた時代だった(特にソ連の宇宙開発のエピソードは人道的に考えて酷すぎる。詳しく知りたい人は各々自己責任で検索を)。
そんな時代背景もあり、宇宙開発競争で犠牲になった宇宙パイロット「ジャミラ」が怪獣と化し、自分を裏切った地球人に対して復讐に来るというエピソードは衝撃的だった。
本エピソードでは、いつもはコミカル担当のイデ隊員が感情的に怒りまくっている。
「俺はジャミラを攻撃するのはやめた。彼は我々の先輩のようなものだ」と主張したイデの意見は科特隊では「上層部の命令だから」という理由で受け入れられなかった。たまらず森の闇の中で「馬鹿野郎!」と叫ぶイデ。
山村を焼き払うジャミラの横暴に対してイデは「人間らしい心を忘れちまったのかよ!」と叫ぶ。
ウルトラマンの水流を浴びて、様々な国の国旗を泥だらけに踏みながら絶命するジャミラ。
物語のラストのイデのセリフにも考えさせられる。
「為政者はいつもこうだ。文句ばかりは美しいが」
第33話「禁じられた言葉」
一目見ただけで「知性のある悪の親玉」とわかるメフィラスの造形も見事である。
今までイデ隊員の話ばかりしていたが、この回のハイライトはハヤタ隊員(ウルトラマンの人間の時の姿)である。
自分の思惑がうまく進行しないことに怒りと焦りを募らせるメフィラスに、ハヤタは高笑いをして見せる。
さらにメフィラスの「貴様は宇宙人なのか、人間なのか?」という問いに間髪入れずに「両方さ」と答える。
「貴様のような宇宙の掟を破るような奴と戦うために生まれてきたのさ」と、迷いなく言い放つハヤタの姿に思わず胸が熱くなる。
ハヤタは科特隊でもエリートであり、実質的な組織のナンバー2だ。組織のトップであるムラマツキャップ不在時には、次席として現場の指揮を執るほど優秀な存在だ。ゆえに発言に迷いがない。
次回作の「セブン」の主人公モロボシダンには葛藤が多く描かれ、悩める青年としての親近感があったが、ハヤタは超然としてヒロイックに描かれている。
髪型もキチッと短く整えられており、アメコミヒーローのようだ。
ヒーローとしての理想像が、ハヤタには重ねられていると思う。そんなカッコいい大人のハヤタ隊員に、当時の子供たちも憧れたことだろう。
第34話「空の贈り物」
これはもうね、落語。メッチャ面白い。
宇宙より地球に落下した怪獣スカイドンを宇宙に戻そうとする話。何回やっても失敗する。うまくいったと思わせといて、また失敗する。成功すると面白くなくなるっていう笑いの法則。
実相寺監督作品ということもあり、おなじみの構図の妙が冴えわたる。
隊員全員が横並びでカレーを食べているシーンや、作戦が一時的に成功して隊員たちが「やった!」と喜んでジャンプするスチール等、見所沢山。
それに加えて、科特隊唯一の女性隊員であるフジ隊員の着物姿も登場。
実相寺氏はフジ隊員を魅力的に撮ろうとする節がある気がするのは著者だけだろうか? 監督お気に入りの女優さんだったんじゃないかな?
第37話「小さな英雄」
もうとにかくピグモンがかわいい!
その分、ピグモンの勇気ある行動と、その犠牲があまりにも悲しい。
そして今回は再びイデ隊員の苦悩が語られる。
「ウルトラマンがいれば、自分たちは必要ないのではないか」という葛藤を抱えるイデ。考えてみれば、ハヤタが超然としている分、悩める青年の役割をイデが担っている。
改心した後のイデの大活躍も見物である。科特隊=地球人が、初めてウルトラマンの力を借りずに怪獣を打ち負かす。地球人だけでも、脅威には対処できることを、悩みぬいたイデは自ら証明してみせる。
ウルトラマンのサポート役に甘んじることが多かった科特隊だが、幾多の戦いの中で確実に成長していたのだ。思い返せば、最終回への伏線がこの時点で張られているのである。
第38話「宇宙船救助命令」
最終回の手前で異色作をぶつけてくる円谷プロである。すげえな。無難には終わらせない。
本作前年にイギリスで公開された「サンダーバード劇場版」を意識しているのか、
舞台がほぼ宇宙、岩石の多い闇の惑星と、何かと共通点が多い。
円谷、ひいては日本特撮の実力を見せつけんばかりの意欲作。
第39話「さらばウルトラマン」
結末わかってるのにマジで辛くなる。俺たちのヒーローが倒されるなんて…。
しかし、ウルトラマンが倒せなかった強敵ゼットンを、最終的には科特隊が倒すこととなる。第37話でのイデの葛藤への答えが、ここでも集約される。
最後、仲間であるゾフィーと共に自分の星に帰っていくウルトラマン。その姿に手を振る科特隊員たち。今まで全話観てきた私の気持ちも、彼らとともにあった。
ありがとう、ウルトラマン。この3か月、本当に楽しかったよ。
さて、今回も長々と書いてしまった。誰が読んでくれるのやら(苦笑)
でも、全話観終わり、二瓶さんの訃報を聞いた私は、やはり何か書かずにはいられなかったのだ。楽しい物語を作ってくれた偉大な方々がこの世を去っていかれるのはやはり悲しいのだけれど、またブルーレイを再生すればコミカルに語りかけてくれる二瓶さんがいる。
作品の中で、二瓶さんはまた僕らを笑わせてくれる。それは変わらない。
二瓶さん、ありがとう。ウルトラの星で、どうか安らかに。