極楽記録

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祝来日決定! スマッシング・パンプキンズの歌詞を語ろう!

オリジナルメンバー三人による来日が決定したスマッシング・パンプキンズ

アメリカのオルタナティブロックバンド「スマッシング・パンプキンズ」(通称:スマパン)の来日公演が決定した。来日自体は12年ぶり、日本武道館公演は25年ぶりとのこと。

 

晴天の霹靂だった。何を隠そう、私はスマパンの大ファンである。41歳になった今でもリリースされるたびにCDを必ず購入しているただ一つのバンドだ。唯一の推しである。

 

来日が決定してからチケットが取れるまで落ち着かない日々を過ごした。SNSスマパン関連の情報を調べると、中年以上と思われるファンの皆様が狂喜乱舞している。先行購入枠は即日売り切れ。普段、ライブチケットを予約する習慣がない私は大幅に後れを取り、抽選枠に応募、一週間後に何とか武道館公演に当選し胸をなで下ろした。

 

しかしまあ、抽選期間の一週間は胃に穴が空くような思いで過ごした。次にいつ日本に来るのかわからない、唯一の推しバンド。高校の頃は彼らの音楽にどっぷり浸かり、どこに行くにもスマパンのCDを持ち歩き、ポータブルプレーヤーで聞いていた著者である。「絶対観たいんだけど、倍率高そうだよなぁ」と諦めかけていたが、無事に当選。本当にほっとした。

 

高校生の頃の自分に教えたい。「お前、41歳の時にスマパンを生で観ることになるぞ。ほかにも山ほど良いことがあるから頑張って生きろよ」と。

 

そんなわけで、スマッシング・パンプキンズについて語ろうと思う。

音楽的にはロックに分類される彼らの音楽。オルタナティブロックバンドの代表格として語られ、動と静を自在に行きかうサウンドに焦点が置かれがちだが、私が思うに彼らの音楽の最大の特徴は「歌詞の文学性」にあると思う。

もちろん、音楽面での彼らの才能は疑いようもない。特に、フロントマンであるビリー・コーガンの才能には圧倒されるばかりだ。

ディストーションを効かせたギターと強靭なタムロールでアグレッシブな楽曲を響かせたと思えば、アコースティックギターで揺蕩うような歌を奏でる。かと思えばストリングスを豪華に使い壮大で長大な楽曲を披露する。エレクトロミュージックへの追及も余念がない。音楽的には、ほとんど隙がないと言っていいし、彼ほど才能を感じるアーティストを私は知らない。

でも、ビリー・コーガンの才能はそれだけにも留まらない。一番見過ごされがちな歌詞にも、彼の溢れんばかりの才能をみることが出来る。こと日本において、洋楽の歌詞というのは見過ごされがちである。今回はそんなスマッシング・パンプキンズの歌詞を中心に語ろうと思う。あくまで著者である私が選んだ楽曲群になると思う。彼らの音楽の魅力が伝われば、と願う。

 

 

1.cherub rock

 

著者が一番好きなアルバム「サイアミーズ・ドリーム」から一曲。

 


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cherub というのは天使、智天使のこと。

純粋な人々=アーティストたちのことか。

 

日本ではサイゼリヤの壁や天井にいますね。

 

 

 

マーチングバンド風のスネアロールから始まる不思議な楽曲。印象的なギターのオクターブ奏法は、タイトルにあるように天使が羽ばたいているようにも聴こえる。

 

歌詞を見てみる。

 

"Who wants honey ?

As long as there's some money

Who wants honey"

 

”金がある限り、甘い蜜を吸いたがる奴はだれだ?”

 

 

著者が持っていたCDの和訳には「金があんなにあるのに、だれがはちみつなんて欲しがるんだ?」と訳されていたのだけれど、これはおそらく「as long as~」 を「as much as~」と同じ意味に訳しているのだと思う。

 

この曲はビリー・コーガンによる同世代バンドへのアジテーションだ。

”ススんだ考えの奴は団結しろ! ロックのためのデカい戦いに備えるんだ!” 

恐らく、サビで歌われる「甘い蜜を欲しがるやつ」というのは音楽業界で金を稼ぐ人々のこと。若かりしビリーも、きっと彼らの口車に乗せられたことがあったのではないかと推察できる。「言われたときに聞いとけばよかった」とも歌っているし。

同世代のロックバンドに対して団結を促し、アーティストとして純粋に音楽を作ろう!と呼びかけた楽曲。

歌詞を上記のように理解しておけば、ライブで演奏されたときに拳をブチ上げたくなること間違いなし。ファイトソングである。

 

余談だが、イントロのフレーズについて、ビリー・コーガンはこんな逸話を話している

。「友達が迎えに来てくれるのを待つ間、頭の中であのリフが聞こえてたんだ。で、家に帰るまで『話しかけないでくれ!』ってお願いして、到着するなりさっそくギターを弾いて作ったんだ」とのこと。

名曲っていうのは突拍子もない瞬間に降りてくるものだ、ということがわかる。興味深い話だ。

 


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2.mayonaise

 

 


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これは本当に青臭くて切ない曲。

冒頭の、星空を描くような二本のクリーントーンギターが美しい。そして、雪崩のようにディストーションギターが響き渡る。

私が好きな歌詞のフレーズは、

 

"PIck your pocket full of sorrow, and run away with me tommorow."

「悲しみでいっぱいの君のポケット、それを持って、明日僕と一緒に逃げよう」

 

なんてナイーブなんだろう。

この歌には傷ついた若き青年の姿が見える。すごく青臭い。でも、この曲を聴くといつも私は、若かりし頃の自分を思い出して切なくなる。

サビで「わかってよ、やるときはやるんだよ」と叫ぶ歌声に、思わず眼がしらが熱くなる。心の中にいる若かりし自分に「大丈夫だ、大丈夫だ。心配するな」と言ってやりたくなる。

 

 

↓ こちらは、オリジナルメンバーのジェームス・イハとのリユニオンセッション。

長らくバンドを離れていたジェームスとの再演一発目の曲が、彼との共作曲である「mayonaise」。

この曲でリユニオンだなんて、粋な演出だ。

 


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ちなみにタイトルの「mayonaise」には、深い意味は無いそう。「たまたまそこにマヨネーズの缶詰があったから」とのこと。

 

 

3.Let me give the world to you

 


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これはストレートなラブソング。歌詞が最高すぎる。

 

”train wrecks hide underneath your umbrella"

 

初めてこの曲を聴いたとき、この歌詞にすべて持ってかれた。「恋に落ちた」といっても過言ではない。なんて美しいフレーズだろう、と今ここで書いていても思う。

 

train wrecks というのは文字通り「列車事故」の意味もあるんだけど、ほかにも「精神的にボロボロな人」なんていう意味もある。

訳してみると…

 

列車事故は、君の傘の下に隠れる」

 

列車事故」の部分を「ボロボロになってしまった自分」と置き換えて、

無理やり意訳してしまうと…

 

「ボロボロになった僕は、君の傘の下で守られている」

 

という風にも訳せると思う。

 

目の前で情景が浮かんだ。この曲を聴いて私は、英語の歌にも「詩心」があるということを理解した。抽象的で詩情に富んでいて、美しい言葉。どん底から手を伸ばすような、愛に救いを求めようとする歌だ。

サビの際に流れるチェロの重さにも陰鬱さが表れているし、「深い悲しみの中で、何が自分のものだかわからなくなった」とも歌われるくらい、この曲の主人公は落ち込んでしまっている。

それでも、サビの「let me give the world to you」のリフレインには、祈るような力強さを感じる。聞いていると、不思議と顔を上げて空を見上げたくなる。

 

ちなみに、この曲は彼らの4枚目のオリジナルアルバム「adore」の際に制作され、アルバムには収録されなかった幻の曲だ。「adore」ツアー中にライブでは演奏されており、後に一度目の解散をした際にウェブ上のみでリリースされたアルバム「machina Ⅱ」で別バージョンが収録されている。合計3ヴァージョンある、ということ。

 


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オリジナル版より賑やかな演奏で、明るい雰囲気。

 

 

 


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こちらも完全に陰鬱さが消え、明るい曲調となっている。ちなみに、著者がこの曲を初めて聞いたのは、このヴァージョン。

 

4.1979


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これはもう名作中の名作。アメリカ文学とロックの稀有で幸福な融合。

イノセンスの喪失」「過ぎ去っていった美しい時間へのノスタルジア」というアメリカ文学の伝統を、ビリーは4分程度の楽曲ですべて表現してしまった。

過ぎ去っていく少年時代についての思いというのは、国や時代を超えて普遍的なものだということがよくわかる。

 

ところどころわかりづらい歌詞が出てくるのだけれど、

例えば、

 "junebug skipping like a stone."

 

この"junebug"はフォルクスワーゲンのビートルのこと。

石のように跳ねるビートル、という意味。

 

サビの部分の"zipper blues"に関しては、翻訳者によって解釈が違うのが面白い。

単に「古臭いもの」と訳したり、「欲求不満」と訳したり、「うつ病のメタファーだ」と言う方もいたり、かなり手ごわいワード。

 

軽快なエイトビートに乗せて、青春期の不安が歌われる。

 

”僕らの骨は、塵になってどこにいってしまうんだろう。

多分、忘れられて、大地に吸い込まれるんだ”

 

"通りでは今話題のことにかかりっきりで

ご覧の通り、ここにはだれもいない"

(著者意訳)

 

自分がどこに行くのかわからない不安を抱え、エイトビートを刻む車に乗って、僕らは過ぎ去った日々を思いめぐらす。

 

ちなみに、この曲にも興味深い制作秘話がある。

 

「当時、僕の生活は破綻していて、引き継いだボロい車でピザ屋のデリバリーのバイトをしてたんだ。その日のシカゴは雨が降っていて憂鬱で、信号待ちの時にバックミラーに映った風景が、まるで幼い子供のころのように感じたんだ。それがこの曲のフィーリングだよ」

 


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和訳がうまくいかなくて申し訳ない。でも、興味深い話だと思う。

 

 

5.silvery sometimes

 


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エイトビートクリーントーンエレキギターはもう彼らの御家芸。

往年のファンなら「なんだ、セルフカバーをやっているのか」と思ったことだろう。

先ほど書いた、彼らの名曲「1979」に酷似している。

 

しかし、私はここでもう少し踏み込んで考えてみたい。

 

先ほども述べた通り「1979」は過ぎ去っていく青春をつづった歌だ。大名曲だし、ビリーの詩心が炸裂した文学作品とも呼べる、彼の代表作だ。

で、なぜこの「silvery sometimes」で、「1979」を彷彿させることをやるのか?

 

歌詞を読めばわかるが、この曲はロックスターになった後の自分たちを振り返っている。「1979」では子供時代を振り返ったが、ビリーは再びエイトビートを使って自分の人生を総括している、というわけ。

 

"spit like a poet's gun"

”詩人の銃のように唾を吐く”

 

"rue like a tyrant"

"暴君のように暴れる"

 

上記二つは、ロックスターとしての自分の姿。

”こんなこと、いつまで続けられるかな”、とも歌われる。

 

そして、私が気になるのは以下のフレーズ。

 

"kingdoms of my kingdom come"

「僕の王国のお迎え」

 

kingdom come というのは「お迎え」という意味。

中年期を過ぎようとしているビリーが、自分の人生を振り返り、そこはかとなく自身の死を意識しているとも取れる。

しかし、同時にサビでは、

 

"we're in the middle , ghosts"

"俺たちは真っ只中にいるんだ、ゴーストたちよ"

 

と歌われる。

つまりこれは、お迎えに来た幽霊たちに対して「いやいや、俺たちはまだまだ途中だから。まだ来ないでくれ」と言って追い返している、と私は推測しているのだけれど、どうでしょう?

有識者の方、英語に詳しい方からしてみれば、笑われてしまうような推測かもしれないが、もし私の推測の通りであれば、希望のある歌詞だと思える。

事実、中年期以降のビリー・コーガンは、若かりし時に比べてかなり充実した生活を送っているように見える。

パンプキンズとしての音楽活動以外にも、プロレス団体をいくつも経営したり、自身の番組「magnificent others」ではファシリテーターとしてゲストと対談したり、音楽以外でも様々な才能を持つビリー・コーガン。私生活でも服飾デザイナーのクロエ・メンデルと結婚し、現在では3人の子供の父親である。一番下の子は今年になって生まれたし(ジュノって名前の女の子だそうです)、ただいま幸せの絶頂だろう。

若かりし頃の、バンドとして成功を掴むまでの苦労や、成功を掴んでからの紆余曲折を考えたら、年齢を重ねた現在の方が公私ともに幸せそうに見える。若いころは未来に対して不安を抱いていたのだろうけど、実際におじさんになってみると、そんなに悪くなかったどころか、ずいぶんと幸せになった、という歌なのではないだろうか。

 

"silvery sometimes"

時々は銀色、という意味だろうか。

若い時のようにずっと輝き続ける("stay gold")ことはできないけど、時々なら銀色に輝ける、この歌は、そういう意味ではないだろうか?

 

上記は私のこの曲に対する思い込み、というか、妄想的な解釈だ。的が外れていたら申し訳ない。でも、いずれにせよ、ユーモアあふれるMVも含めて大好きな楽曲だ。

 

 

まとめ

改めて総括してみると、スマパンは本当に名曲ぞろいで奥が深い。

今回は歌詞についてのまとめになったが、やはりビリーにとって歌詞は楽曲と同様に重要な要素なんだと改めて感じた。ビリー自身もフィッツジェラルドのファンだし、文学への造詣も深い。同時に、英語ネイティブスピーカーでないとわかりにくいような表現も数多く使われており、難解な表現も多い。

英語学習者の端くれとして私も大いに刺激される。もっと理解したい、と素直に思える。また勉強しよう。

秋の来日が待ちきれない。彼らが日本武道館に来るまでの数か月間、一人スマパン祭りをして過ごそうと思う。

 

 

僕は40歳。

 

今年の二月に晴れて40歳となり、早10か月が経過した。

年齢というのは30代の間は特に気にしなかったのだけれど、誕生日に40代という節目を超えると、改めて自分の未熟ぶりを実感したものだった。

年齢に対して社会的にも精神的にも私は未熟だ。同じ年の頃、自分の父は大手メガバングの課長やら部長職やら支店長やらの役付きで、二人の子供を大学に行かせるべくせっせと働いていたと思う。

今の自分は新しい職場に転職して一年目、キャリア自体は5年目の介護職である。子供はまだいない。もう少し頑張って役付きになっても良い頃である。

 

例えば、30代の頃はスーパーのフードコートコーナーで、クレープ屋さんのおいしそうな香りにつられて行列に並んでイチゴチョコバナナのクレープを注文して、ベンチで一人で食べることに全く抵抗がなかった。

しかし、40代になってみると、これがどっこい(この表現がマジ40代!)、行列に並ぼうとすると、自分の心の中に「客観的な自己」が現れるようになった。

 

「おい、おまえ40代だぞ。一人でイチゴチョコバナナのクレープなんて食べていたら不審者扱いされて通報されるぞ」

 

そんな「客観的な自己」の言葉に対して、私は

「いやいや、40代って言っても、おいらは大丈夫でしょう? 職場でも『若いですね!』ってよく言われるし」

 

と、苦し紛れに反論する。

 

「『自分が若い』なんて思っているのはお前自身だけだ。周囲の皆様の『温かい心遣い』を真に受けてどうする? 職場で話される全ての言葉は業務連絡と社交辞令だ。肝に銘じろ」

 

「客観的な自己」がそう言い放つと、私はクレープ屋さんの行列に並ぶのを諦め、クレープの出来上がりを笑顔を浮かべながら待つ子供たちを横目に、その場を後にする。

 

昨今は、中年男性は「ただ散歩をしていただけ」で不審者扱いされて通報される世の中である。クレープ屋さんで一人で並ぶなんてもってのほかである。

 

 

 

「中年の危機」というものがあるらしい。英語で言うところの「ミドルエイジ・クライシス」。

 

 

まだ40代が始まったばかりではあるが、私にもその片鱗が訪れているのを感じる。

まず、今まで楽しかったものを楽しめなくなった。

「音楽」が最たるものだ。若いころは「自分は生涯死ぬまでギターを弾いたり歌ったり、音楽を作ったりして生きていくだろう」と思っていた。が、ここ最近はそういったものが「同じことの繰り返し」にしか感じられなくなった。何度もプレイしたゲームを、また繰り返しプレイしているのようなイメージ。「空虚」っていうのはこういうことか、と一層強く感じる。

 

どうやら、40代というのは「個人の幸福」というのを追求する上での限界年齢なのだという。「好きに生きる」「自由に生きる」「何にも縛られたくない」。若いうちはそんな風に考えて気ままに生きたいと考えがちである。しかし、いつまでもこのマインドのまま過ごしていると、40代くらいで大体のことはやりつくしてしまい、あとは孤独と空虚さとの戦いになるらしい。

 

私の場合は、その「空虚さ」が一足早く来てしまったようだ。

そんなわけで、ほかの楽しみを見つけるべく英語の勉強やら福祉系資格の勉強なんかを始めてみたりしているが、これも迫りくる「空虚さ」との闘いなのだと思う。娯楽は一時的なものが多く「無駄だ」と感じやすいが、勉強にはまだ「いつか役に立つかもしれない」「成長している」という希望と実感がある。

 

人生の後半は、孤独と空虚さとの闘いだ。

でも、私は個人的にはその孤独と空虚さを受け入れたい。

他人を利用して紛らわしても、それら二つからは死ぬまで逃れることはできない。

 

孤独と空虚さと手をつなぐ、友達になる。

さあ、中年の始まりだ。

 

 

「audiostock」にて新曲BGMを3曲追加しました。

今回はオーケストラ楽曲を3曲ほど作成し公開いたしました。

すべてループ音源となっております。動画制作の際に効率よくお使いいただけます。

 

 

サンプル版はこちら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

販売ページはこちら!

audiostock.jp

 

 

去年に作って公開していなかった曲をループ版に再編集したものを販売することにしました。

審査が通り次第、BGMのオリジナルアルバムの配信販売も開始したいところ。

よろしくお願いいたします!

8月。

最後の更新から8か月ほど経過してしまいましたが、ご無沙汰しております。

極楽蝶です。毎日暑い日々が続いておりますが、皆様体調管理に気を付けてお過ごしくださいませ。

私といえば、SNS各種の更新も音楽制作も、とんとご無沙汰ですが元気に過ごしております。

今はどちらかというと英語の勉強や、長年自分の中で引っかかっていたペーパードライバー克服の方に熱意を向けている関係で、去年一昨年ほど音楽制作に関しては力を入れていない。

それでも、妻や家族をはじめ、周りにいてくださる皆様のおかげで変わらず元気に過ごせております。

 

先日はTOEICの試験でようやく平均以上の点数が獲れた。大人になっても勉強すれば結果が出るのだと気づいて、驚いたものだった。

でも、いまだに英語の歌を聞いても聞き取りが不十分だったり、ニュースを聞いても内容が不明瞭だったりする。十分とは言えないので、今後も続けていく。

 

運転の件は、先日お世話になっている「NS製作所」さんと野沢温泉に行き、運転させて頂けたのをきっかけに、段々と運転に対するハードルが下がってきている。

この前は首都高を利用して、八王子の実家まで帰ったりもした。「運転が楽しい」と思えるようになってきている。

 

仕事も心優しい方々に囲まれて、無理なくやれている。業務量も無理がないし、そのおかげで勉強やらやりたいことができている。

ありがたい話です。

 

さて、

これからも年齢を言い訳にすることなく、一つ一つ丁寧に積み重ねていこうと思う。

 

音楽も、英語の勉強も、運転も、人生を豊かにしてくれる。

何であろうと毎日習慣的に続けていけば、5年後、10年後は今とは違う自分に成っているはず。

結果はすぐには出ない。焦らず一つ一つ乗り越える。

 

40代はそんな風に生きていく。

 

 

ボカロオルタナティブ祭2023冬、お疲れさまでした。

 

サムネイルのイラスト「雨降りと最終列車」は投稿サイト「piapro」にて絵師「ぱもぎゅ様」よりお借りいたしました。 

 

 

 

 

 

 

 

 


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「ボカロオルタナティブ祭2023冬」にて新曲投稿しました。

タイトルは「地下鉄のアリス」。聞いてくださった皆様、ありがとうございました。

 

ボカロ曲を作って投稿するのは前回の「ボカロオルタナティブ祭」以来だった。

とはいえ、音楽から遠ざかっているわけではなく、依頼を受けてBGMを作ったり、他のボカロP様の曲にギタリストとして参加させていただいたり、イベントに呼ばれてギターを演奏しに行ったり歌ったりと、相変わらず音楽活動は続けている。自分の活動のみに固執していないだけである。

これからもフットワークを軽くして音楽と向き合いたいと思う。

 

 

さて、

 

「地下鉄のアリス」という曲について。

 

題材に選んだのはタイトル通り「地下鉄」と、「不思議の国のアリス」。

 

地下鉄というのは題材として面白いと思う。つい最近でも地下道を舞台にした「8番出口」という名前のゲームが話題になっていましたね。かくいう私も「地下鉄」「地下道」には魅力を感じている創作者の一人だ。「無意識への埋没」、「異界への入り口」、「現代の未知なる迷宮」等など、どこか不吉で奇妙な魅力を感じる。

 

不思議の国のアリス」も、主人公アリスが不条理で理不尽な夢の世界に迷い込む話だ。現代版でアップデートしようとすれば、舞台を地下鉄に設定しなおして再構成するのは悪くない選択だと思う。

 

25年ほど前に「チューブテイルズ」という映画を観たのだけれど、その映画もロンドンの地下鉄を舞台にしたオムニバス映画だった。当時高校生だった私は、イギリス映画のセンスの良さに夢中になった。とりわけ、ロンドンっ子たちのジップアップブルゾンの着こなし(ジャージのトップスのファスナーを首までしっかり上げて着る)が、当時のわたしにとってはものすごくカッコよく見えたのだった。ニコニコ動画で発見したのでチラッと観てみたが、やっぱりカッコいいね。DVDがあるようなので探してみようと思う。

 

不思議の国のアリス」は、もう言わずとしれた名作中の名作。私も好きだし、避けては通れない。これからも題材に選ぶと思う。

子供のころにCBSで制作されたドラマを見たのだけれど、これもとても素晴らしかった。大学に入って授業の関係で原作を読んだのだけれど、子供のころにこのドラマを見ていたおかげで、ストーリーがすんなりと頭の中に入っていったのを覚えている。

 

そんな名作たちを下地にして、自分なりに曲を作ってみた。最後はサビの英語について。

 

 

フフフ。どうやら私は英語を間違えてしまっているようだ。

 

そうそう、自分で気が付いたので書いてしまうが、

 

"i couldn't find no other way out."の部分。

グーグル翻訳にかけると「ほかに道を見つけられませんでした」と翻訳されるのだけれど、これ、二重否定文だから、肯定文になる可能性もあるんだよね。

つまり、

「ほかに道がないことを見つけられなかった」→「ほかに道があった」

と訳される可能性もある、というか、そちらがむしろ正しいんだよね、きっと。

 

まあでも、ローリングストーンズの「サティスファクション」も冒頭で、

"i can't get no satisfuction."

と二重否定文が使われているが、これがどういうわけか「満足できない」と訳される。二重否定なのに肯定文にならないんですよね。最終的には文脈を見て判断する、ということなのかな。

 

英語は本当に難しくて奥深くて、そして面白い。

 

まだまだ勉強が足りませんな。

 

さて、最後に引用をいくつか貼り付け。

まずは「チューブテイルズ」。やっぱり今観てもカッコいい。オムニバス形式の映画で、とりわけ一番最後のストーリーが胸に残る。やはり地下鉄を「異界」として定義している。

 

 

 

 

そして、こちらはCBSのアリス。ジャバウォッキーの着ぐるみ感など、全体的に予算の少なさを感じるが、やはりこれも最後の歌が泣ける。子供のころに自分を支えてくれたもの、それは想像の世界の住人達。私もそうだったかもしれない。彼らのことは、いつまでも忘れずにいたい。

 

 


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というわけで、年内はこれにて閉店。また来年お会いしましょう。

 

 

 

 

赤い季節を抜けて

 

チバユウスケ氏の訃報が世に出てから、落ち着かない気持ちでいる。

ミッシェル・ガン・エレファントのアルバムは全て持っているし、ROSSOの映像作品「muddy diamond sessions」は今でも時折観たくなって再生するし、THE BIRTH DAYが「STAR BLOWS」というアルバムを出した時にはライブにも行った。今でもアルバムが出れば思い出したように購入し、移動時間などで聴いていた。多感だった10代から現在に至るまで、変わらず私に刺激をくれる存在。それがチバユウスケ氏だった。

 

今年の5月頃に咽頭がんのため闘病中であることが伝えられた際、私は無意識に「このことはあまり考えないようにしよう」と思った。私は普段、介護士として施設に勤務しており、勤務している中で、がん治療をしている方々の介護をしたことが何回かある。SNS上では「チバががんなんかに負けるわけがない」と書いているファンの方が多くいらっしゃったし、自分もそうであってほしいと願っていた。そんな風に記したファンの方々だって、祈るような気持ちで記したに違いない。チバさんは、必ず帰ってくる、ステージに帰ってきて「もう大丈夫」と言って、グレッチを引っ提げて笑ってるはずだと。

反面、あまり楽観的になれない自分もいた。人の命を、執拗なまでに追い詰めていく病気、それががんだ。介護の仕事上、悲観的なことに関しては無意識に心のシャッターを閉める癖がついている。「これ以上は心で受け止めない、頭で受け止める」。冷静に、客観的に、妙な邪推や希望的な憶測もせず、続報を待つ。

 

待っている続報が来ないことに違和感を覚えながら、12月5日の訃報を聞いた。

 

頭ではわかっていた。氏の状況が芳しくないことは、5月以降に続報が出ないことが物語っていた。そして、ある程度の心の準備をしていたつもりだった。

それでも、やっぱり心は嘘をつけない。次の日の朝目が覚めて「チバがもういない」と思うと気分が重くなった。昨日は夜勤業務中のふとした時に涙が出た。

 

がんという病気の執拗さ、それと戦い続けたチバユウスケ氏。

病床で闘病していたであろうチバ氏のことを考えると、心が痛む。がんとの闘いは言うに及ばず壮絶だ。というか、がんに限らず人があの世に旅立っていく様というのは壮絶だ。全くもってきれいなものではない。それでも、チバ氏は戦い抜いた。

正直やりきれないし、全然心の整理がつかないけれど、今はただ「お疲れ様でした」と天に向かって手を合わせたい。

 

"どうやら闇の時代は終わったみたいだ

乾いた空にそんな感じがするんだ

きっとあいつもそう言うぜ teddy boy"

 

 


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痛みのある体から解放されて、今頃またギター弾いて歌ってるかな。

アベさんと二人で。

 

 

 

9月16日は「BATMAN DAY」なので、バットマン出演最新作「ザ・フラッシュ」について書いてみる。

 

 

 

 

鑑賞からだいぶ経ってしまったが、改めてレビューをば!

 

 

 

思わぬ感動作となった映画「ザ・フラッシュ」!

 

 

来る9月16日はなんと「BATMAN DAY」なのだそうな。そんなわけでバットマンに心を奪われて久しい私も、この機会にバットマンの話をしてみようと思う。

 

まずはバットマン出演最新作「ザ・フラッシュ」のこと。

 

DCコミックの最速スーパーヒーロー・フラッシュの初主演映画である。

 

 

 

あらすじ

事態の収拾に向かう二人のバリー・アレンことフラッシュ。

・・・・・・・・・・

 

母を殺害され、父がその冤罪を着せられて服役中という、二重の不幸を背負って大人になった主人公バリー・アレン。彼は実は正義のスーパーヒーロー軍団「ジャスティスリーグ」のメンバー「フラッシュ」その人だった。

ヒーローとして幾多の困難を乗り越えたバリーは、リーグの中では前線に立つときは少ないものの、頼れるレスキュー要員として確かに成長していたのだった。

 

しかし、ふとした時に彼の心を暗く覆うのは、やはり謎の死を遂げてしまった母と、冤罪で服役中の父のこと。

 

耐え難い思いを胸に、足を速めていたその瞬間、彼は時空を飛び越え、まだ母が健在だったころの時間に行き着く。そして、母の死を未然に防ぐことに成功。しかし、バリーが過去を変更したことによって、その世界線ではスーパーヒーローは存在せず、ジャスティスリーグも不在!

スーパーマンの宿敵ゾッド将軍の地球襲来が予測される中、スーパーヒーロー不在というピンチの中、バリーはこの世界線のバリー(母の死を乗り越えていない陽キャのバリー)とともに、唯一存在が確認できたブルース・ウェインバットマンに協力を依頼しに向かうが…。

 

 

・・・・・・・・・・

 

 

SF映画ではおなじみのタイムトラベルものである。代表的なタイムトラベル物といえば言わずもがなの「バック・トゥ・ザフューチャー」。日本だと「ドラえもん」も。古くはハインラインの「夏への扉」。

そして本作にも、マーベルから始まったコミックスの新しい概念「マルチバース」が描かれ、現実世界では誕生しなかった幻の作品(ニコラス・ケイジのスーパーマン)や、共演する予定でできなかったあの二人が登場する。

近年ではそこかしこにこの「マルチバース」の概念が使われるようになったけれど、かくいう私も実は「マルチバース」が何なのか詳しくはわかっていない……。むぅぅ。

 

そんな多分に過去のDC作品は元より、企画されたもののお蔵入りしてしまった幻の作品にまで言及し、大いにファンを盛り上げてくれた本作! 長年のファンなら感涙ものの展開だろう。

 

しかし、本作の魅力は、そんなファンサービスだけに留まらない。

この映画、見た目とは裏腹に実は脚本にこそ大きな魅力があるのだ。とにかくストーリーが良い。

 

皆様は気が付かなかっただろうか? 

「バック・トゥ・ザフューチャー」や「ドラえもん」など、タイムトラベル物に矛盾はつきものではあるのだが、その中でも、根本と言っても良い疑問に。

 

「君たちの都合で、未来を変えるのは許されるのか?」

 

上記に挙げた、タイムトラベル物の名作だが、いずれも主人公の都合で未来が変更され、彼らは幸せになる……、なるけどさ、でも、それで不幸になる人々だっているはずでしょ?

起こるべくして起こってしまった出来事に、力を持った人間が変更を加え、自分たちだけが幸せになる。そんなことは許されるのか? 自分勝手で無責任なだけではないか?

 

この問いに対して、フラッシュ=バリーは真正面から対峙することになる。「母の死」を経験することなく過ごした「陽キャのバリー」は「誰も死なせない!」と作中誰よりもヒロイックな心意気をもって戦うが、幾多の試練を乗り越えた主人公・バリーは、それとはまた別の決断をすることとなる。

 

前作「ジャスティリーグ」ではメンバーの中では若手で、精神的には戦士には向かない、臆病で多弁なバリー。作中でも、「いつも雑用が僕の仕事だ」と小言を言う場面もある。それでも、これまでの幾多の戦いの中で、彼は試練を乗り越えてきた。彼の最後の決断には、これまでの葛藤や「心に傷を負ったヒーロー」としての在り方がよく反映されていた。自らの運命を受け入れ、それでもなお今の自分を肯定すること。ヒーローはそうした葛藤から生まれるのではないか。そんなことを思った。

 

本作ではベン・アフレックバットマン(通称:Batfleck)も再登場。前作「ジャスティスリーグ」の時とは違い、「同じ傷を持つもの」として、または「良い兄貴分」としてバリーと接する感じも見ていて心温まる。そして、序盤のガジェット満載のカーチェイスシーンでもド派手なアクションをブチかましてくれる!

 

バットマンVSスーパーマン」の暗さから解放され、すっかり良い兄貴になった「Batfleck」さんでした。

 

スーパーガール役のサッシャ・カジェも見逃せない。シュッとしたスタイリングでキュートなのにカッコいい新たなスーパーガールを演じている。ネットで調べていても「サッシャのスーパーガールは大当たり」と出る、その人気の高さが伺える。

 

現代的なスーパーガールを演じたサッシャ・カゼ。再演希望の声が続々!

 

 

 

そして、個人的には本作の最大の目玉だったキートンバットマン様!

 

先日、誕生日を迎えて72歳になられたキートン御大! 年齢を重ねても最高なバッツを演じてくれました!

 

もう最高! 70歳でバットスーツを着てくれるなんて最高としか言いようがない!!

キートンバットマンもとよりティム・バートン監督の「バットマン」(89)についてはまた別記事で書こうと思う。何せ思い入れが強すぎてここでは書ききれない。

 

 

 

最高のエンタテインメント映画だった本作「ザ・フラッシュ」。楽しませるだけでなく、しっかりと考えさせてくれる良作だった。

 

だが、DCファンなら知っている笑えない裏事情が諸々……。

興行的には「フラッシュ」の知名度の低さなのか、惨敗。。。みんな大好きバットマンが2パターン以上(最後にあの方も!)出ているというのに。

 

バリー役のエズラ・ミラーも、酒癖の悪さから諸々事件を起こしまくる素行の悪さ…。詳しくはエズラwikiを。

 

赤字が続くDCは経営陣を新体制に変更、伴って進行中だった企画をお蔵入りさせまくるという暴挙に出る。キートンバットマンをもっと見たかった私だけれど、きっと本作も赤字なのでもう新作でキートン様を見ることは叶わないだろう。

わかっている、映画はビジネスだしお金がすべてだ。でも、こんなに客入り少ないなんて納得いかないよ。本当に面白かったんだよ?

 

というか、DCファンって意外に少ないよね?! みんなマーベルばっかり見てないで、たまにはDC見ようぜ!!

 

最後は愚痴になってしまったが、今後のDC作品がどうなってしまうかは、やっぱりファンの応援にかかってるんだと思う。ちゃんとお金使って推しを応援しないと、続編が作られなくなるんだな、と肌で実感している。これからも、バッツを応援していきたい。

 

let`s get nuts!