極楽記録

ソロユニット「極楽蝶」の中の人、ユニット「キリカ」のギター、「森のシンガーソングライター証」氏のサポートギタリストのサエキの記録

僕がレディオヘッドが表現する「厭世観」を全肯定する理由。

 

 

唐突だけれど、世の中っていうのは矛盾に満ちている。

 

何から話そうか迷うくらい、間違ったことだらけである。

 

世界をコントロールしているのは先進国のてっぺんにいるお偉いさんたち。我々は、彼らの決定の元、都合の悪い情報を抜き取られた「害のない情報」を共有し、生活している。

 

経済のグローバル化も、その「お偉いさんが決めた事」の一つだ。

ユニクロ、H&M、ZARA、GAPなどのファストファッション企業は、低価格の洋服をアフリカや東南アジアの縫製工場で生産している。低価格の衣料品を展開するために、経済格差のあるアフリカや東南アジアなどに工場を構え、月収4000円程度で従業員を働かせている。労働環境は劣悪を極め、バングラデシュの縫製工場では縫製工場の入ったビルが崩壊し、多数の従業員が生き埋めとなった。

 

こういったことは、何もファストファッションに限ったことではない。

 

みんな大好き「iphone」でおなじみの「アップル」。

筆者も使用している「iphone」。ポケットにコンピュータが入るなんて「未来」って感じだね。

でも、多くの人々は自分が持っている「iphone」が、アジアの子供たちの手で作られていることを知らない。「睡眠時間4時間」という劣悪な労働環境の中、自殺者は後を絶たない。

それでも山のように発注はやってくる。コンベアーを止めるわけにはいかない。

もはや製造機械の一部と化した労働者たちは昼夜を問わず働かされ、思考停止した先には「死」という名の救いに手を伸ばし始める。

そんなことはお構いなし。先進国に住む我々は「新製品はまだかな?」と首を長くして待ちわびている。

 

まだ出す? これ系の話題尽きないよ? 

原発とか軍産複合体とか環境問題とか。

 

ここで一つ、誤解しないでほしいのは、僕はそれらのものに対して批判的になっているわけではない。僕もファストファッションは利用する。理由は簡単、安いから。フェアトレードで服を作っている会社も知っている。でも、高くて買う気になれない。もうTシャツ一枚に5000円も出せないよ、ユニクロで安く売ってるんだもの。

iphone」だって引き続き利用するだろう。使いやすいし写真も綺麗だ。

原発も、無い方が良いのは自明の理だ。チェルノブイリ、スリーマイル、東海村、福島、人間が放射能汚染で死んでいくのは恐ろしい。汚染された細胞が破壊され、時間をかけて朽ち果てていく。「殺してくれ」と呻くように声を漏らす。人間の尊厳も何もあったものではない。

でも、僕だって電気を使っている。この文章も、家のリビングで「DELL」のラップトップPCを使って書いている。どこぞの原発で作られた電気を使っている。

ビニール袋を使うのはやめよう、プラスティックも環境汚染の原因だ。わかってるよ。でも、今日もビニール袋貰っちゃったよ。

戦争しないと儲からない、経済が回せない。

 

何もかも間違っている。それは知っている。世界は間違いだらけだ。

でも、もうそこから抜け出せない自分のことも分かっている。

 

僕らは何も変えられない。個人ではどうすることもできない問題が、あまりにも多すぎる。

 

そして、そんな「どうしようもなさ」こそが、レディオヘッドが表現する「厭世観」そのものなのだ。

 

例えば、上に挙げた先進国を取り巻く状況に対して「クソッタレ!」「くたばれ!」と叫ぶことも表現の一つの在り方である。芸術の役割の大きな要素の一つだ。しかし、どんなにこの状況を否定したところで、自分たちはこの矛盾に満ちた世界で生きているし、そこから抜け出すことは難しい。無人島でたった一人で住むよりほかはない。

間違いや矛盾だらけの社会で平静を保ちながら生きていくことの難しさたるや。

 

そんな社会で生きる人々の苦悩を、レディオヘッドは代弁してくれた。1990年代から現在に至るまで、日常の苦悩やら恋愛について歌った楽曲はそれこそ腐るほどこの世に存在し、その多くは忘れ去られていった。セールスだけを重視した音楽業界において、それを真っ向から否定し、世界の矛盾やこの世の不条理について歌ったアーティストは、レディオヘッドだけだったのだ。

 

 


Radiohead - High and Dry

 

初期の名曲「High & Dry」。

「週休二日ありゃ満足だろ?」

「自分を殺して生きていくことをやめられないんだろ?」

「お前ができることなんて、それが関の山だ」

「おいていかないで、おいていかないで!」

 

歌詞の一つ一つが胸にグサリと突き刺さる。

 

 

 


KID A KID A KID A (RADIOHEAD)

 

混沌とともに幕を開けた2000年にリリースされた「KID A」。今ではロック史に名を残す名盤となったが、リリース当時は物議をかもしたものだった。

白状すると、僕は夏の図書館でこの曲を聴いて、それまで滝のようにかいていた汗が一気に引いたのを覚えている。とにかく衝撃的だった。それからは耳に穴が開くほど聴いていた。

クローン羊「ドリー」が誕生したことにより、人類が生命を作り出す「神の領域」に手を伸ばし始めた世紀末。「KID A」というのは「もうすでに生まれているはずのクローン人間第一号」のことだ。

それを踏まえて聴いてみると、この曲の構造がよくわかる。不旋律的にならされる鐘の音は、まだ彼が音楽の構造を理論的に理解していないからかもしれない。

 

歌詞を読んで、表現しがたい感動を覚えた。何故か涙さえ浮かべてしまった。

「僕は指揮者を得て、君は腹話術士を得た」

「僕のベッドの端に影に隠れて立っている」

「実験ネズミと子供たちが僕の後についてくる」

「みんな、おいで」

 

自我をもった「少年A」は、ネズミと子供たちを引き連れて研究所を抜け出す。

そのあとに彼らが見た世界は、僕らのよく知っている矛盾に満ちた世界。

アルバム「KID A」の最終曲は、そんなこの世界に別れを告げる歌だ。

「多分、お前は狂っているよ」

そうつぶやくのは、世界の不条理を嫌というほど目の当たりにしたクローン人間「少年A」かもしれない。

 

 


Radiohead - Daydreaming

 

現時点での最新アルバムからの一曲。

この曲でのトムは死者なのだろうか。人々にトムの姿は見えていないし、魂がめぐるように様々な場所に姿を現す。冒頭に映し出される背景にいる人々も、やはり死んだ魂なのだろうか。一本の映画を見ているようなMVだ。

 

 


Thom Yorke: Anima, 2019, Paul Thomas Anderson - Damien Jalet

 

トム・ヨークのソロ作から一曲。

個人的に大好きなMV。ソロアルバム「アニマ」のテーマは夢の持つ「潜在的無意識」について。

鞄を落とした女性を追う、夢遊病のトム。女性が置いていった鞄の意味とは。そして、それを追う夢主であるトムが求めているものとは。

 

繰り返し前述したが、こんなに世界について考えさせてくれるロックバンドは、彼ら以外にいないのである。現代を生き、大きな視点を持って生きているからこそ見えてしまう様々な矛盾に対して、「納得いっていないのは君だけじゃない」と思わせてくれるのは、このバンド以外にいない。

これからも、僕は彼らの音楽を聴き続けるだろう。世界が矛盾を有している限り。

聴かなくなる時があったとすると、それはきっと「この世界」を諦めたときだろう。

 

マルチ商法をぶっ潰せ! ‐或いは、自分のことを愛せない人々へ‐

 

 

さてさて、またこの話を書かなければならないとはね。

これはもう7年ほど前に僕が書いた記事。

ameblo.jp

 

まあ、今回に関しては僕ではなく、妻の方に勧誘があったのだけれど、まだこんな勧誘をやっているアンポンタレがいるのかと思うと、「人ってのはなかなか進化しないものなんだな」と苦笑せざるを得ない。

 

僕が「マルチまがい」商法やら「ネットワークビジネス」を憎む理由は沢山あるのだけれど、その理由の一つに「勧誘される側の心の弱さ」がある。

 

僕の経験上、マルチまがい商法の販売員には売れないミュージシャンや声優、俳優志望、貧乏な劇団員、お笑い芸人が多かったように思う。現状に満足し充足した生活を送っている人間は殆どいなかった。それもそのはずである。

 

勉強もスポーツもできず、これといって人よりも秀でたものがない。恋人もいなければ友達もいない、自分を肯定できる要素があまりにも少ない。

そんな人間が逃げ込む場所として、芸術関連は最適だ。何故って? 明確な意味での勝ち負けがないから。勝負しなくて済むじゃない。

何者にもなれなかった人々は、そんな感じで芸術関連になだれ込み、いつしか「売れない自称芸術家、表現者」を名乗るようになる。

「できないことばかり」「普通にすらなれなかった」彼らは、言ってしまえば「当たりまえに享受されるはずだった幸せ」を手にいれられなかった人々でもある。

 

マルチまがい商法は、そんな彼らの心の隙間を狙ってくるのである。

「俺が友達になってやるよ。その代わり、傘下に入ってよ!」

偽りの笑みを浮かべて近寄ってくる販売員よ。彼らはとても親切だね。心の弱ったみじめな「売れない自称芸術家、表現者」にやさしさをくれる唯一の存在。当たりまえだ、「売れない自称芸術家、表現者」が彼の傘下に加わってくれる可能性がある限り、彼ら販売員は親切にしてくれる。利用価値があるかぎりはね。

胸糞の悪い話だ。

でも、僕が一番気に入らないのは販売員のアホ達ではない。

 

販売員の話す「底の浅い口車」にまんまと引っ掛かってしまう「売れない自称芸術家・表現者」の方である。

いや、わかるんだよ。君たちには人に秀でたものがない。勉強もスポーツもできなかったんだろう。だから優劣のない分野に逃げ込んだ。

友達もいないし、いじめられた過去もあったかもしれない。イケてる大学生がやっているような「友達と大勢でドライブ!バーベキュー!」なんていう輝かしいリア充ライフを享受できなかったんだと思う。恋人もいたことがないのかもしれない。

自己肯定感が極端に低いのも知っている。

 

マルチまがい商法に加われば、そこには仲間がいる。夢を語りあって「自分たちは正しいことをしている」と実感できる。

「普通に生きている人々がバカみたい」と思うこともあるかもしれない。

傘下の販売員が増えれば、自分が認められたかのように嬉しい。

所属している会社のイベントに呼ばれて表彰台に立てるかもしれない(そうそう、マルチの会社って、表彰イベント多いんだって。自己肯定感を植え付けるためらしい)。

 

 

「何もなかった自分の人生が、変わるかもしれない」

 

アホか。

 

お前の人生はマルチまがい商法をやるだけで変わるのか? 安い人生だな。

 

本当に、勧誘されて犬みたいに尻尾振って入会しちゃうバカの多いこと、辟易するね。

ちょっと賢そうな言葉をチラつかせれば「この人、頭良いんだ!」って錯覚してしまう。いやいや、あなたが何も知らないだけだよ。新聞くらいまともに読めよ。

 

足元見られてることに気づけ。お前たちはただの鴨だ。

 

こうしてみると、例えば子供のころや学生の時の体験っていうのは、その後の人生に大きな影響を及ぼすんだな。冴えなかったいじめられっ子は、おとなになってもいじめっ子たちの鴨にされる。

 

しかし、君たちはもうそろそろ目を覚ますべきだ。

マルチまがい商法やネットワークビジネスをやれば空っぽで底の浅い形だけの「幸せ」は手に入るかもしれない。偽りの友情や、リア充の「真似事」に終始したイベントとかな。

 

しかし、それは「何もない自分自身」から目を逸らしているだけだ。

結局、今ある自分がどんなに気に食わなかったとしても、真正面から自分を見つめるしかないのだ。安直な勧誘なんかに逃げるべきじゃない。辛い自分とちゃんと向き合え。

何も秀でたものが無い自分も、「普通の幸せ」を手に入れられなかった自分のことも、将来に不安を感じている自分のことも、全て肯定しろ。すべての瞬間を肯定するのだ。

「自分には何もない」と嘆く暇と愚痴をこねくり回す脳みそがあるなら、自分の価値を創るために頭を使えよ。一生かけて「なりたい自分」ってやつを手に入れろよ。

 

浅はかなヤツばかりだ、本当に。

 

今回妻が受けた勧誘には、やはり「自称芸術家・表現者」の女の子と、これまた「自称芸術家・表現者」の中年男性がいたらしい。恐らくは中年の方がボスだろう。嗚呼、やっぱり…って感じ。

妻には危機管理の能力があり、以前から「怪しい」と踏んでいたとのことだった。さすが我が妻。

鍋会みたいなものもあったんだってさ。リア充の真似事か。そんな「人集め」ばっかりやってないで、自分の芸術活動やら表現活動でやりたいことがあるのならそちらに尽力したほうがよっぽど良いのではないかね。

 

あ、あと付け加えると、この本の話をしてくる人たちはほぼ「マルチ野郎」らしいです。

 

 

ユダヤ人大富豪の教え 幸せな金持ちになる17の秘訣 (だいわ文庫)

ユダヤ人大富豪の教え 幸せな金持ちになる17の秘訣 (だいわ文庫)

  • 作者:本田 健
  • 出版社/メーカー: 大和書房
  • 発売日: 2006/02/09
  • メディア: 文庫
 

 

この本読むと「何かやらなきゃ!」って思うらしいです。本当に底の浅い人々や。普段から活字を読む習慣がない人のための本でしょ、これ?

 

長く生きていればそれなりに色々あるものだ。

そんな心の隙間を狙ってくる不貞の輩がいることを、わすれてはいけないね、本当に。

 

 

 

 

スターウォーズ/スカイウォーカーの夜明け 完結した物語を無理やり続ける意味とは?

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2020年初映画はスターウォーズで決めてきた!

 

観てまいりました、スターウォーズ最新作。

色々と話しをする前に、一度僕のスターウォーズ観を説明しておくことにする。

 

白状してしまうと、僕はかなりライトなスターウォーズファンである。

オリジナル・トリロジー(旧三部作)は当然観ているが、エピソード4を観たのはずいぶんと昔なので殆ど覚えていない。5と6はそれぞれ三回以上観た。

プリクエル・トリロジー(エピソード1から3ね)は一切観ていない。すいません、試験終わったら観ます。

そして、近年になってジョージ・ルーカスからディズニーに権利が移ってから制作されたシークエル3部作は全て観た。

 

子供の頃、ディズニーランドのスターツアーズが大好きだった。初めてディズニーランドに行った夏休み、僕は小学校で出された「夏休みの思い出を絵に描いてみよう!」という宿題で、スターツアーズの絵を描いた。宇宙空間に浮かぶ巨大な戦艦(後に、スターデストロイヤーという名前だと知った)や、タイ・ファイター、X-ウイング等、子供心をくすぐるガジェットがスターツアーズには沢山あった。つたないながらも、それらを絵に描くことが楽しかった。

 

そんなわけで、観ていない作品が多いし、ライトなファンであることは認めるものの、でも、僕は自分なりにスターウォーズのことを大事な作品だと思っている。僕よりももっとスターウォーズを愛している人たちがいるのも、勿論知っている。

だからこの映画評は、そんな「子供の頃にスターツアーズが大好きだった」程度のライトなスターウォーズファンである人間が書いた記事ということを念頭に置いて読んでいただければと思う。どうしてこんな前置きを書くかって? そりゃあ君、ネット上に数多居る「スターウォーズ警察」に捕まりたくないからだよ。ふははは。

 

閑話休題! さて! スカイウォーカーの夜明け、行ってみよう!

 

上記にある通り、本作は原作者ジョージ・ルーカスの手を離れ、エンターテインメントの王国ディズニーに権利が移った「シークエル・トリロジー」三部作の完結編である。

ターミネーターの時も書いたけど、これこそが「世界一カネのかかった同人誌」だ。

世界最高のスタッフと資金をつぎ込んで作った同人誌。こんなに予算をつぎ込んで、最新技術を用いて作れる作品は、おそらくスターウォーズシリーズ以外にはないだろう。駄作ができたとしても、ファンは観に行くだろうし、作品の質が良きにしろ悪きにしろ製作費は回収でき得る。

 

ただね、またターミネーター同様、スターウォーズも「終わっている」作品なんですよ。

制作された時系列は逆になるけれど、スターウォーズはエピソード6「ジェダイの帰還」で結末を迎えている。銀河帝国の皇帝パルパティーンは倒され、第2デススターは破壊され、ルーク・スカイウォーカーは実の父と最後に和解する。まさに大団円。

 

そこから再びシリーズを続けるというのは、やはり「スターウォーズ」がカネになるからに過ぎない。もちろんお金儲けは悪いことではない。それに、監督やプロデューサー等、作る側に課せられた責任感や重圧もハンパじゃないはずだ。

 

だって、スターウォーズは映画史それ自体を変えてきた映画なんだよ。

映画の終わりに出てくるスタッフロールが長くなったのはスターウォーズの影響だし。「新たなる希望」が公開される前の映画のエンドロールって短かったもんね。

オリジナル・トリロジーの三部作は、その都度特撮技術の限界に挑んだ映画だった。「帝国の逆襲」の雪上戦なんてまさに挑戦。当時の特撮技術では、雪景色が広がる白背景に合成を施すと、合成した箇所に緑の線が浮き出てしまうはずだった。しかし、ルーカス達はその緑の線を最小限に抑えることに成功した。光学合成の数も、フィルムの強度の関係で当時は「2つか3つ合成するのが限界」とされていたのに、エピソード6では合成数が60を超えていたとか。

 

とにかく、スターウォーズは特撮映画の歴史を作った映画なのである。作り手側の気合いがハンパじゃない。映画史における一つの「伝説」と言っていい。そんな「伝説的作品」の続編を作ったところで、敵うわけがないのである。越えられるわけがない。

 

それでも、現代映画界の最高のスタッフを集めて続編シリーズを作った。「終わってしまった伝説的大作」の権利を買い取り、ディズニーは無理やりにもその続編の制作を開始した。

物語上の色々な制約があるし、ファンも多くいるし、そもそも終わってるし、続編を作るなんて本当にハードルの高い作品である。以前の僕なら「そんな難しいことによく挑戦したな」と感心したかもしれない。しかし、今の僕ならこう言う。

 

「挑戦も何も、お前らが勝手に始めたことだからね」と。

 

しつこくて悪いけど、終わってるのよ。原作者が終わらせてるし、その段階では疑問は残りつつも綺麗に終わっている。

そんな作品に対して、また無理やり続編を作って何がしたかったのかって、カネ儲け一択でしょ。

失敗に終わったとしても、ファンはカネを払いつつも「あれはだめだ」という話で盛り上がれる。

監督やプロデューサーもしっかりギャラは貰っているわけだし。「挑戦」も何もないわけですよ。

 

まあ、色々ありつつも今回で結末を迎えたシークエル・トリロジーの三部作。

まとまりに欠けるシリーズになってしまった原因はいくつかあるけれど、極めつけはやはりラスボスについての事柄だろう。おなじみの「ドクターワイリー登場」である。もう、これに全てが現れている。やはり、現代の作り手は旧作の偉人たちを超えることは無かったし、無難に火消しに走るのが精一杯だったのだ。あれを超える悪役を創造することは、やはり敵わなかった。

 

勿論、面白いシーンも沢山あった。カイロ・レンの、祖父に対する劣等感や苦悩はそのままこの映画の作り手の苦悩に置き換えられるし、魅力的なキャラクターだった。

X-ウイングの空中戦と、ピンチの時の騎兵隊登場一発逆転シーンはやはり胸が熱くなるし、懐かしい要素も沢山あり、ミレニアムファルコンに乗ったチューイと、同乗するある人物の姿を観たときは、「ジェダイの帰還」を初めて観たころの自分の少年時代を思い出して、思わず落涙してしまった。思い出と共にあるスターウォーズ、である。

 

上に挙げたものを分析すると、カイロ・レン以外は元々このシリーズにあった遺産である。言ってしまえば、カイロ・レンの描き方に関してだけは、作り手は「パンツを脱げた」のだ。そこはやはり特筆すべきだ。

 

しかし、シリーズ全体として観た場合、やはり歪ではある。ラスボスもいきなり冒頭でテキストという形で書かれていたし。「えっ」とつぶやき思わず劇場でのけぞってしまった著者なのだった。前振り一切なしだしね。ビビったよ。

最終作である本作は、エピソード7と8で広がり過ぎた諸々の火事を「なんとか消してみせた」という具合。

いや、色々書いたけど凄いとは思うんですよ。これだけお金をかけて最新技術を使って「スターウォーズ」を見せてもらえたことには、やはり感謝するべきだとは思います。

でも、やはり「カネ儲け」以上の意味を、僕はシークエル・トリロジー三部作には見出せなかった。残念無念である。

 

 

 

晦日の晩に。皆さま2019年もありがとうございました。

 

 

すっかり年の瀬ですね。

 

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2019年は焼肉で締めくくり!

 

 

 

今年は音楽活動よりも仕事のキャリアアップに時間を使った一年だった。

少しばかり出世もした。

来年の一月末には資格取得のためのテストも控えているので、まだまだ油断はできない。気を引き締めていこう。

 

先ほど妻と色々話していて、来年の目標をいくつか掲げてみた。

・創作や活動をする仲間を増やす、横のつながりを大事にする

・極楽蝶の新譜を出す(余裕があればキリカも)

・お蔵入りしている作品の歌を録りなおす

・旅行に行く

・古い友人たちと再会する

・スノボ行きたい

・京都に行く

・ペーパードライバー講習に行く

・MV撮る、アー写撮る

・レコードプレーヤー、カセットMTRなどのアナログ機材を駆使する

・歌声酒場におじさん仲間を連れていく

ジャズマスターを買う

etc...etc...

 

とりあえず、挙げただけでもこれくらい。

枚挙に暇がない。違うんだよ、私は自分の人生を楽しく過ごしたいのだよ。

やりたいことは数多く。これからが楽しみで仕方がない。

2020年もよろしくお願いします、皆様、よいお年をお迎えくださいませ。

 

 

 

 

アナログプレイヤーがやってきた!

 

さて、年末である。

一般企業に勤めている常勤社員の人々はボーナス時期、バーゲンセールも数多く買い物に大忙しだ。

 

今年は嫁さんとはプレゼント交換を実施。僕の方からは嫁さんにクリスマス限定品のコスメをプレゼントしたのだけれど、お返しにアナログプレイヤーを買ってもらった。

 

HOFEINZのアナログプレイヤーだ。

 

 

 

昔からレコードには興味があったのだけれど、なかなかきっかけがなくて買う機会を逃していた。電気屋さんに行っても高価なものばかりだし、揃えるものもターンテーブルの他にもアンプやら何やら色々あるし、仕組みもわかりづらい。参入障壁が高いイメージがあった。

そう思っていたにも関わらず、僕がこの世で一番好きなバンド「スマッシング・パンプキンズ」がアナログ限定で作品をリリースする際は、プレイヤーが無いにも関わらず購入したり、実家で引っ越しをする際に母親が処分しようとしていた「ハイファイセット」や「ジャニス・イアン」のレコードを譲り受けたりしていて、プレイヤーが無いにも関わらずレコードだけはやたら持っていたのだった。「いつか必ずプレイヤーを買おう」と頭では考えていた。

 

満を持してのプレイヤー購入である。HOFEINZのプレイヤーはスピーカー内蔵なので、これ一つ買えば聴くことができる。高価な買い物、嫁さんには感謝である。

レコードの音を聞くのは人生初。針をゆっくり落して再生された温かみのある音に、素直に感動した。

 

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再生中のレコード smashing pumpkins の「teargarden by kaleidyscope vol.2」

轟音ギターがCDよりも柔らかく、ギターソロも太く存在感を持って聴こえてくる。

B面のアコースティックギター一本の弾き語り曲は、本当にすぐそばで演奏してくれているかのようだった。

 

レコードの盤面は大きくて、表現する内容に迫力が出る。聴覚だけでなく、視覚による表現力も大きい。久しぶりだ。音楽でこんなにも楽しめるのは!10代の時のようだ。

いつの間にか、僕にとっての音楽はmp3プレイヤーで通勤中に聴くだけの存在になっていた。ジャケットやブックレット、歌詞カードを流し読みして、CDをパソコンに取り込んだら後はクリアケースの中に放っているだけのものだった。

 

目の前でターンテーブルに乗って再生されている音楽を聴いたとき、懐かしい気分になった。久々に音楽と「対面」した気がした。ジャケットを眺めながら、流れてくる音色に聴き入る。そうだよ、これだよ! 音楽は、もっとこんな風に聴くべきなんだよ! 昔はそうしていたでしょ!と。

 

勢い余ってスマパンのアルバム「メロンコリー」のアナログ盤を購入した。

 

Mellon Collie & the Infinite Sadness [12 inch Analog]

Mellon Collie & the Infinite Sadness [12 inch Analog]

  • アーティスト:Smashing Pumpkins
  • 出版社/メーカー: Virgin Records Us
  • 発売日: 2012/12/03
  • メディア: LP Record
 

 今朝届いたのだけれど、これはヤバすぎる!

スマパンは世界観重視のアーティスティックなバンド。音楽のみならず、フォトセッション、イラストなど表現は多岐に渡る。そんなアーティスティックなバンドとアナログ盤の大きなジャケットは相性バッチリである。

 

見てよこの大判のイラストの数々!

 

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メロンコリーはLP版だと4枚組! それぞれ世界観のあるイラストが描かれています。

中身を開けた途端に「うわぁ!」とうめき声をあげてしまった著者である。もうホント最高! 彼らの音楽に夢中になっていた10代の頃を思い出した。本当に好きでよかった、スマパン

 

そんなわけで、アナログレコード熱は当分収まる気配がない。他にも、母がくれた「ハイファイセット」、嫁さんが実家の義理父から借りてきた「イーグルス」や「アメリカ」、「メラニー」等も聴いている。楽しくて仕方ない。先日からカセットテープMTRを買ったりと時代と逆行するかのようにアナログに回帰してしまっている著者である。クリアとは言えないが温かみのある音が癖になる。まだまだ楽しい日々は続きそうだ。

バットマン・リターンズ ー陰キャ、非リアのためのクリスマス映画ー

 

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陰キャVS陰キャVS陰キャの絶望的な三つ巴の戦いが始まる!

 

嫁さんに出会うまでの年の瀬というのは中々に憂鬱な時期だった。10年ほど前は「リア充爆発しろ」なんて言ってクリスマスをひたすら憎む人間が数多くいたな。

恋人や家族と共に幸せに過ごすクリスマスやお正月。

プレゼントを贈りあう恋人や、共に新年を祝い合う家族のいない人々にとって、この時期がいかに残酷なものなのか。どれほどに心を追い詰めるものなのか。この「バットマン・リターンズ」という映画には「孤独」を知る人間のもの悲しさが描かれている。

 

 

監督は鬼才ティム・バートン

前作「バットマン」で、アメリカンコミックにおける人気ナンバーワンヒーローであるバットマンをおとぎ話化し、ダークファンタジーの世界に観客を招待したバートン。思えば、彼の監督したバットマンシリーズで描かれるブルース・ウェインというのは彼自身の投影に他ならない。

幼少期からの父との確執、学校にいかずに昼のホラー映画の再放送ばかり見ていた子供時代。やがて、古典ホラー映画に出演していた俳優たちを、ティム少年は「理想の父親」として親しみを覚えるようになる。血のつながった現実の父親は野球関連の仕事をしているスポーツマンである。芸術家肌のティム少年と気が合うわけがない。父への愛を殆ど受けず、恋人もいなかったティム・バートンの姿は、肉親も恋人もおらず執事のアルフレッドと二人で豪邸に暮らすブルース・ウェインの姿と見事に重なる。

例に及ばず、ブルース・ウェインは夜な夜な蝙蝠のコスチュームを着て自警活動に勤しむ奇人である。

 

本作に登場するヴィラン「ペンギン」も、容姿の醜さから両親に捨てられ、下水道に住むサーカス団に育てられた奇人。

 

キャットウーマン」も、元は男に振り向かれるどころか雑に扱われてしまう地味な社長秘書である。

 

言ってしまえば本作で描かれているのは、そんな幸せになれない3人の奇人(陰キャ、非リア)の足の引っ張り合いだ。ペンギンは自らの出自の悲劇を市民にアピールし、同情を買うことで市の人気者となる。それに対してバットマンはペンギンの真の思惑と素行の悪さを市民にアピールして(いわゆるネガティブキャンペーン)ペンギンを潰しにかかる。

「あいつは俺より人気がある! 潰してやれ!」という絶望的な泥仕合の連続である。

 

結論から言ってしまえば、誰も幸せになんてなれない。泥仕合の果てにハッピーエンドなどあり得ないのは自明の理である。それでも、この映画には価値があると私は信じている。ネオンで輝く街の風景、軽やかに響くクリスマスソング、テレビを点ければ暖かい暖炉に囲まれた家族のイメージ、恋人たちがディナーを楽しむ風景。

そういった、一見罪のなさそうに見えるクリスマスの描写が、幸せになれなかった人間たちをどれほど苦しめるのか、「孤独」や「寂しさ」の本当の意味を知らないあなたたちにはわかるまい。

 

しかし、我々の心には、孤独を抱えたまま高級車のバックシートで一人揺られているブルース・ウェインがいる。DVDを再生すれば、孤独なブルースはいつもそこにいて、我々と傍にいてくれる。それは一つの救いなのかもしれない。そう思わないとやってられないほどに、独り身というのはつらいものだったという話。

 

 

 

ターミネーターニューフェイト、偉人たちのキャリア総括

 

 

 

 

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いやもうね、やっぱりこの話をするときは「2」の話からしなきゃなのよ。

 

僕はターミネーター2の大ファンである。以前、他のブログでも書いたことがあるのだけれど、中学生の時はVHSを持っていたので、休日が来るたびに観ていたほどである。

本当の話、僕が生涯で一番観た映画が「ターミネーター2」なのである。誇張なしで、50回以上は観てると思う。先日土曜プレミアムで放送されていた際も「さすがにもういいだろ。何回も観てるしな」と心の中で斜に構えつつも放送が始まるや否やテレビをつけて前に陣取って手に汗握りながら鑑賞した。「やっぱり面白い!」と観ていて嬉しくなった。そして、最後にはうっすらと目に涙を貯めている自分に気づくのであった。いやもうね、何回観たとか関係ない。何回観ても本当に面白い。

 

そんな「2」の筋金入りのファンの私である。19歳の頃、とある情報番組で「ターミネーター3が制作中」という報せを聞いて途方に暮れたのを覚えている。原作者のジェームズ・キャメロンは以前「僕の中でターミネーターは2作目で終わっている」と発言していた。にもかかわらず、である。しかも原作者のキャメロン氏は不在。のちになってキャメロン氏は「3作目は僕も納得の傑作だ」と言い放った。僕は「嘘だ」と思った。

「キャメロンはカネを掴まされて、PRのために言わされているに決まっている」と。

だって、2で終わりって言ってたし、結局使われなかったけど、世界に平和が訪れたシーンだって撮影していたのだ。

 

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これがそのシーン。

 

 

ターミネーターは「2」で終わってるんだよ。蛇足でしょ。なぜ続けるのよ?

金か? 金儲けか? ああそうかい、わかったよ。くたばれハリウッド!

 

若き日の僕はそんな風に思い、しばらくハリウッド映画から遠ざかって、ゴダールの気難しい映画を眠い目をこすりながら観ていたのだった。若かったね。発想の幼さたるや恥ずかしき…。

 

最近ようやく「3」を観たけれど、まあ普通に面白かったです。主人公ジョンの腐り方に共感を抱かざるを得なかった。戦争が起きなかったことによって英雄になれなかったという皮肉には考えさせるものがある。

 

「4」は「僕たちの見たかった未来の戦争」を描いてくれたという点で面白かった。

「5」は、もう絶望した。ちなみに「5」の感想は以前運営していたブログに投稿している。あれは「ターミネーターの顔をしたビバリーヒルズ青春白書」だ。

https://ameblo.jp/katsumi0225/entry-12118311368.html?frm=theme

 

やっぱり原作者キャメロン不在のターミネーターはどうしても「世界一金を使った同人誌」にはなってしまいますよね。

今回キャメロン氏は「プロデューサー」として新作に参加している。まあどれほどの裁量権があるのかは不明だが…。

そしてまたもや「2の正当な続編」という謳い文句…。不安しかない…。

 

ターミネーターニューフェイト」、以前の僕ならきっと映画館に行こうとは思わなかっただろう。何を観たとしても、50回以上観た「2」を超えることはあり得ない。あるのは「カネ儲け」の匂いだけだ。ただ、今回はそれまでの「3」~「5」までとは違う。

 

サラ、リンダ・ハミルトンの復活があった。

女優としてはほぼ引退状態だったハミルトンが、新作で登場する。そう、ターミネーター聖母マリア処女懐胎の話なのだ。サラが居ないターミネーターは、もはやターミネーターではないのだ。

そして、すっかり歳をとって柔和にも見えるアーノルド・シュワルツェネッガー

「T-800を演じるのは、これで最後」との発言もあった。年齢から考えて、これは本当だろう。もう70を超えているのだ。前述のリンダ・ハミルトンは撮影時62歳。

キャメロン氏と3人で作り上げた作品を、3人で総括する。なんと感慨深いことだろう。

ファンとしては、観に行かない理由がないわけです。たとえそこに「カネの匂い」があったとしても。

 

さて、長い前置きだ。「ニューフェイト」の話をする。

今回の敵である「REV-9」は、「2」の最強最悪の敵「T-1000」同様の液体金属製であり、二体に分裂して戦える他、ネットにアクセスして標的を捜索、ドローンを使って攻撃する等、現代的なアプローチで主人公たちを追い詰める。

しかし、やっぱり「T-1000」の「うわぁ! 来たよ!」の怖さは越えられない。

あの時代は単純だった。今は複雑すぎる。作り手も大変だろうな。それに、液体金属という発想も、二度目以降は新鮮な驚きを与えられない。

 

主人公の「守護者」として現代に送り込まれる強化人間のグレース(マッケンジーデイビス)。近接戦闘で華麗な身のこなしを披露し、観るものを圧倒させたが、「長時間戦えない」という弱点があり、精神的にもどこか頼りない。この「頼りなさ」が緊張感を見事に演出する。

 

そして、我らがマリアさま、サラ・コナーはブランクを感じさせることのない女戦士。彼女の登場でようやく観客は一息つける。その頼もしさたるや、やはりレジェンドである。

 

シュワルツェネッガー扮する「T‐800」。彼の登場によって物語は「逃走」から「闘争」へと変わる。色々と設定に無理はあるが、やっぱりシュワルツェネッガーが出てこないターミネーターはあり得ない。

 

色々と思うことはある。「REV-9」の倒し方は「T-1000」のときの「ああ、これは死ぬわ」と明らかに目で見て納得できるものではないし、輸送機に乗る前のサラと軍人とのやり取りはイマイチわかりづらい。逃走者と追撃者との間で繰り広げられるカーチェイスはもう何度も観たし、何よりも初っ端で殺されるある人物のことも、現実的な事情を考えざるを得ない。どうしても何か言いたくはなる。

それでも、長い間観たかった「サラの物語」を観ることができたし、逃走者たちが作る疑似家族のような連帯感にも思わず熱くなった。キャメロン、ハミルトン、シュワルツェネッガーの三人が作った最後の作品、劇場で観れて良かったと思う。

 

まあでも、やっぱりターミネーターは「2」で終わってますけどね。